2006年09月

2006年09月30日

アロアシャ学園校舎

2000年1月に完成したアロアシャ学園校舎。



当時、山形県鶴岡市にあった支援団体「アロアシャの会」の強力な支援活動により、当時の郵政省の国際ボランティア貯金の配分金とロータリークラブからの支援金、さらに会員や市民の善意により建設された。



創設者であるラシャヒ大学教授のモンジュール・ホサイン氏の「バングラデシュの建国は貧しい子供たちの教育にある」という建国の精神と日本国民の善意が形となった。










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2006年09月29日

日本の小学生との交流始まる

バングラデシュ・アロアシャ学園と日本の小学生のWebカメラによる交流が始まったのが2003年11月8日である。それまでは、音声による交流であったが、この日からお互いの表情を画像にで見ることができるようになった。



この写真は、山形県にある鶴岡市立朝暘第二小学校の生徒とアロアシャ学園の生徒の交流会のワンシーンである。右上のスクリーンにアロアシャ学園の子供たちが映っている。その左に、小さく、朝暘六小の演奏風景が写っている。



EyeBallという無料のソフトを使って、それから何度か現地との交流会が行われた。現地までの電話回線が、途中、シンガポールから衛星回線になるため、品質が悪く、遅れ遅れで画像と音声が届くという欠点もあった。



会話は、現地にいたJICA隊員の女性(前出)に通訳してもらいながら、子供たちは歌や踊り、お互いの生活や勉強を質問し合うという貴重な体験をした。



明日、同じ鶴岡の朝暘第六小学校で、アロアシャ学園とのWebカメラによる交流会が行われる。






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2006年09月28日

イチゴ、ダッカ市場に初出荷

4年越しの念願が叶って、今年の冬、イチゴをダッカ市場に初出荷した。



1kg600タカ、日本円で約1,200円で卸すことができた。バングラの物価で考えると、とんでもない贅沢品となる。そんな、高いもの誰が買うのかと思うかもしれないが、最貧国と言われながらも、金持ちはいる。月給1万ドルという人に普通にお目にかかれる。



バングラデシュ駐在の知人のJICAの隊員がくれた先日のメールによると、オーストラリア産の輸入イチゴが1kg1,600タカでビックリしたとのこと。国内産で600タカは妥当な線かどうかはわからないが、上には上がある。



一応、出荷はしたものの、輸送方法にまだまだ問題がある。写真のような段ボール箱に無造作に詰めて、運賃の安いバスで送ったものだから、振動で実に傷が付いたり、柔らかくなったりした。新聞などの緩衝材を詰めたりして改善方法を考えたようだ。



これから、植え付けの準備にはいるが、運送時の振動の問題は、収穫時期やパッキングの仕方など、様々なテストを繰り返して、良い品質のもを高く売る努力が必要となる。






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2006年09月27日

とにかく、大きいイチゴ

イチゴは大きくなった。



ラシャヒ市内の名士と呼ばれる方々やアロアシャ学園の理事たちを客人として試食会が行われた。粒の大きさと甘さは驚愕であったという。当然、生まれて初めて食べたわけであるから、当たり前といえば当たり前である。イチゴの香りと甘さは、ベンガル人にとっては、反対の意味でトロピカルであろう。



この話は、国中を駆けめぐった。新聞やテレビ局がこぞってラシャヒを訪れた。テレビ局だけでも10回以上、モンジュールさんは出演した。






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2006年09月26日

ようやく、実のなったイチゴ

4年越しの研究でようやく畑でイチゴの実がなった。



実がなったものの鳥に食われたり、リスに食べられたりで、相変わらず苦労が絶えなかった。鳥やリスはネットを株にかぶせることで解決した。



イチゴを植えた畑には周りに柵をめぐらせ、夜間の泥棒対策に作業員と兼務で夜警をおいた。バングラデシュは人件費が安いので、お金持ちの個人の自宅はもちろん高層アパートにも普通にガードマンをおいている。










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