農業

2019年10月20日

イチゴの奇形果

私たちがバングラデシュに滞在中、イチゴが赤くなりはじめました。

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そんな中にも少なからず、奇形果が混じっています。

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これは、どうも二つの花が合体したような感じに見受けられます。

奇形果の理由は様々あるのですが、一般的には受粉昆虫が少ないのが理由の一つにあげられています。

バングラデシュの場合、日本と違ってミツバチが多いので、心配はないと思われます。しかし、農薬の薬害の知識が乏しく、以前から指摘しているのですが、一向に改善される気配がありません。

かなり前に、農家を対象として栽培研修会で受粉のメカニズムと受粉昆虫の大切さを講義したことがります。

ただ、この時は集まった農家(バングラでは耕作している人を農家とは呼びません。昔でいう地主を農家と呼びます。)は売れることにしか興味がありませんでした。

バングラデシュでは奇形果も売り物になるので、心配ないといったところです。

himajintaro at 17:10|PermalinkComments(0)

2019年10月19日

世界最高品質のダッカモスリンの再生なるか

以前、モンジュールさんが提案したプロジェクトが国の採択を受け、研究費がついたという話題をしました。

世界最高品質で、絹のような極薄のキメの細かい綿織物ダッカモスリンの織技術が途絶え、モンジュールさんが再生をかけて事業提案していたものです。

ダッカモスリンの原料となる綿のルーツを求め、一緒にアゼルバイジャンに行かないかと誘われたこともあります。モンジュールさんは、様々な植物のDNAが保存されているモスクワに行ってきたようです。

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モンジュールさんは、バングラデシュやネパールなどの国内外から綿の原種を集め、ラッシャヒ大学の農場で栽培研究を始めていました。

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イギリスがインドに綿産業を持ち込んだ時の綿は、現在の綿と同じように収穫しやすい背丈の低い綿を使っていたと思われます。

しかし、モンジュールさんが探しているダッカモスリンの綿は背丈が高い原種に近いものかもしれません。

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モンジュールさんも定年退官まで、あと3年です。果たして、定年までの間に、ダッカモスリンとして使うことができる綿が見つかるか、微妙な残り時間となってきました。

今回のプロジェクトは綿を見つけることだけではなく、モスリンとして製品化するまでのとてつもない事業です。それだけに、多くの研究者が関わっています。

一時は途絶えたバングラデシュの伝統文化を再生させる大事な事業だけに、これから、プロジェクトがどう進んでいくのか注目したいところです。


himajintaro at 07:54|PermalinkComments(0)

2019年10月12日

イチゴ苗生産は順調

バングラデシュで独占的にイチゴの苗販売を続けていますが、生産も順調のようです。

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かつては、バイテク研究所が停電で試験管培養している苗がほとんどダメになったこともありますが、停電はあるものの、太陽光発電設備と大型自家発電機があるために、研究所が機能不全に陥ることはなくなりました。

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苗づくりも順調です。渡航時には、苗の出荷は終わっていました。

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赤い実が生り始めました。

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ラッシャヒ大学の農場を借りて、新しい品種の試験が行われていました。

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落下式の自動潅水装置の試験も行われていました。

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バングラデシュのイチゴは、まだまだ甘味と風味が足りません。品種だけの問題ではなく、栽培技術の問題もあります。インドやマレーシアでは、日本人技術者による水耕栽培が始まっていますが、私は昔から、モンジュールさんに農業は土から離れてはダメだと言い続けてきました。

今は生食中心のイチゴ栽培です。以前から、イチゴを使った食品開発に取り組む必要があると言い続けてきました。食品加工の技術者が必要になってきました。

幸いながら、乾燥マンゴーの生産拡大の可能性が出てきました。ついでに、イチゴの加工も技術移転できると良いと思います。


himajintaro at 09:23|PermalinkComments(0)

2019年09月21日

天下御免のバングラデシュ

アロアシャ学園のナサリー(農場)にモンジュールさんと悪友と出かけた時のことです。ナサリーはモンジュールさんのアパートから歩いてでも行ける 距離になりました。

モンジュールさんの上司のイスラム先生とアロアシャ学園の理事長のアノア先生も合流しました。

先に来たイスラム先生からチャナチュールの大袋をいただきました。私が大のチャナチュール好きであることを先生は知っていて、いつも、お土産にチャナチュールをいただいていました。

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遅れて、アノア先生も来ました。

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モンジュールさんがアメリカのカルフォルニア大学の先生からもらった土壌水分計を盗まれないようにするにはどうしたらいいのかという話題で沸騰していました。

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そうして、農場を歩き回っているうちに、私がもらったチャナチュールがアノア先生の手によって、開けられてしまいました。

アノア先生は後から来たので私がイスラム先生からもらったことは知りませんでした。

ベンガル人はみんなチャナチュールが好きです。私も大好きです。

しかし、所有権を表示していなかったために、公共の物にされてしまいました。

同じようなことが、過去にも度々ありました。

アロアシャ学園で焼鳥パーティをした時に、こっそり飲むために持っていった日本酒を無断でバーベキューソースにジャンジャン使われてしまいました。

それ以来、日本酒の管理は厳重にするようになりました。

天下御免のバングラデシュです。

イスラム先生からもらったチャナチュールはバーベキュー味の辛くて美味しいものでした。持って帰れませんでしたが、最近、日本でも同じものが手に入るようになりました。

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私のまわりにチャナチュール好きがたくさんいます。大量に買って、みんなに分けています。


himajintaro at 08:51|PermalinkComments(0)

2019年09月18日

バイテク研究所も様変わり

しばらくぶりの渡航で、現地の様子もだいぶ変わっていました。

アロアシャ学園の屋台骨を支えている種苗販売の根幹となるのがバイテク研究所です。

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校舎の隣にある研究棟の3階にあるのが、農産物の品種改良と苗を増やすバイオテクノロジー研究所です。

モンジュールさんの大学の専門的知識を生かして、バングラデシュにはない国産ジャガイモの種イモの品種改良をバイテク研究で始め、育てた苗を農場に植えて生産したのです。

当時は、ほとんどがネーデルランド(オランダ)からの輸入種イモで、直ぐに農家に売らずに、種イモとして何年も増やして農家に売ったために、病気だらけのジャガイモがバングラで流通していました。

これに目を付けたのがモンジュールさんです。無菌でバングラオリジナルの種イモを生産し、利益でアロアシャ学園を回してきました。

しかし、いつまでもモンジュールさんの独占が続くわけもなく、この技術は一般的なものとなり、天候に左右されたり、夏場の冷蔵保存にコストがかかり過ぎたりで、ついにはジャガイモの生産は止めてしまったようです。

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スタッフもほとんどが入れ代わっていました。モンジュールさんの教え子が中心となって平均年齢も若かったはずですが、今では平均年齢がぐっと上がったような気がします。

上の写真の左から2番目の女性が一番若い研究員で、アロアシャ学園の卒業生です。

学園の教師も含め、農場や他のスタッフが変わるというのは、他の事業所からの引き抜きでない限り、その職員の素行が原因とすることが多いのです。

モンジュールさんは人が良いので、人を見抜けないと言われてきましたが、品行が悪い職員はトラブルを起こして出ていき、結果、顔ぶれが変わってしまいます。

モンジュールさんは、私に電話をかけてくることは、ほとんどないので、バイテク研究所で何があったのか、知りません。しかし、大きく顔ぶれがかわったということは、それだけ、たくさんのトラブルがあったということになります。

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上の写真の一番右の女性ラブリーさん。交通事故で大けがをし、手術で治療費がかさみました。モンジュールさんも労災扱いとして、自分のポケットマネーから治療費を出しています。

また、モンジュールさんの日本留学時代の旧友で山形大学農学部の元助教授がラブリーさんへ支援したいと悪友に現金を渡していました。

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蛍光灯はLEDに変わっていました。以前は、バングラ名物の停電で研究所の中の苗が全部お釈迦になるというのがザラでした。今は太陽光発電パネルとバッテリー、それに大型のディーゼル発電機があるので、そんな心配はなくなりました。

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相変わらず、いろんなものを作っています。イチゴは、まだまだ寡占状態でドル箱商品です。

学者であるモンジュールさんにビジネスをやらせるのは所詮無理な話でした。

今まで、バイテク研究所と農場が大きくなれなかったのは、単なる研究員だけの集合体で、品行方正なマネージャーや営業マンがいなかったのが最大の原因です。

以前から比べると、バイテク研究所に活気がなかったと見てきました。


himajintaro at 07:50|PermalinkComments(0)