2015年07月11日
バングラデシュにも紅花はあった!
ジャパン・フレンドシップ・アカデミーのラーマンさんたち家族とカシナプール付近を観光していたとき、ふと、目に飛び込んできたのは紅花畑であった。
紅花といえば、日本では、山形県内で「もがみべにばな」というトゲのある品種が植えられている。江戸の昔から、花びらを発酵乾燥させて紅餅という紅の染料を作っていた。これが、当時、重量換算で金1gと同じ価格であったと言われている。
紅餅は、山形県内の内陸部で生産され、最上川を船で下り、酒田の港から北前船に積まれて京都まで出荷されていた。口紅や着物の染料として、長く使われてきたものである。
金1gと同じ価格だったことをラーマンさんや彼の友人に話したところ、目の色を変えて、日本の技術者をバングラに呼んで、ベンガル人に教えて欲しいと言われた。タヌキオヤジは、まともな紅餅を作れるようになるまで10年かかることと、日本の技術者が高齢で、10年はもたないと話をすると、一同がっかりしていた。
タヌキオヤジは、以前からモンジュールさんにガンジス川の中州で紅花の生産を持ちかけていた。紅花から油を取るためである。現に、この写真の畑の近くにいた爺さんに紅花栽培の目的を聞いたら油を取るためだと言っていた。先を越されたと、そのときは思ったが、ガンジスの中州から比べると、栽培面積は問題にならない。
なぜ、ガンジスの中州かという理由をモンジュールさんに話していた。紅花は、元々、エジプト・ナイル川流域が原産地である。紅花は、原産地の地勢によく適応していて、根が直根で移植ができない、同じ土地に毎年植えられないという特異性を持つ。
ナイル川流域は砂地で、当然、毎年のように洪水や水位の上昇が起こる。そうすると、紅花栽培後の栽培地は古い土壌が流され、新しい土壌や栄養分が上流から供給される。同じ理由で、ガンジス川中州も、紅花の栽培適地なのである。
バングラは、長らくパーム油を食用にしていたが、それが、発がん性や脳卒中などの疾病の原因と言われ出した。アメリカでは食用としては禁止されている。
パーム油に代わる健康に良い紅花油を作ろうという発想がガンジス川中州にあったのである。
himajintaro at 07:21│Comments(0)│農業