2013年02月

2013年02月19日

スワンナプーム国際空港の夜明け

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早朝、真っ暗な中着いたタイのスワンナプーム国際空港。てっきり、空港ビルに到着するものと思ったら、タラップを降りて、バスで空港内に入った。
タイ航空は、スワンナプーム国際空港にとって、キャリアフラッグの航空会社なので、到着ゲートが無いなんて考えられない。だが、24時間空港だけに、到着便が多く、ゲートが無かったのか。それとも、同じ機材が別便になって、出発する予定がなかったか。または、直ぐに機体の点検整備に入るためにエプロンで降ろされたのかわからない。
スワンナプーム国際空港も香港空港のように、到着フロアーと出発フロアーが異なり、乗り換えのため出発フロアーに行くためには、香港空港のようにセキュリティチェックを通過しなければならなかった。
夜が明けるまで、だいぶ、時間がかかった。香港空港では、帰国の乗り換え時に、何度も夜明けを経験したが、今回は、バングラに向かう乗り換えでの夜明けとなった。
夜明けは、どこで迎えてもいいものだ。


himajintaro at 20:48|PermalinkComments(2)交通 

2013年02月18日

「将軍様」の朝寝

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今回のタイ航空便によるバンコク乗り継ぎは、2度目である。前回、2000年のアロアシャ学園新校舎オープニングイベントの時にタイ航空を利用した。この時は、帰りにタイのカンチャナブリにある「子供村学園」に立ち寄る予定があったので、タイ航空利用になった。
この当時から、バンコク・ダッカ間は昼便だったので、日本からの乗り継ぎには必ず、バンコクで1泊しなければならなかった。羽田空港の発着枠の拡大と24時間空港になったために、深夜に羽田を出発でき、そのまま、バンコク空港でダッカ便に乗り継げるようになり、便利になった。
ただ、バンコクに早朝に着くために、冬は暗く、5時間以上の乗り継ぎ時間がある。
「将軍様」は、スワンナプーム国際空港になってから初めて利用する空港なのに、見学もせずに、寝てばかりいた。2010/10/30の日記「将軍様と行くバングラデシュ」で、寝てばかりいる「将軍様」を紹介している。


himajintaro at 20:31|PermalinkComments(0) 

2013年02月17日

高速化したダッカ空港のイミグレーション

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ダッカ空港でいつも泣かされるのは、入国審査やターテーブルの荷物の遅延である。
飛行機が到着して、空港の外に出るまで1時間半から2時間かかるのが普通であった。写真のように、入国審査で長い行列ができるのは、いつもと同じであったが、今回は、普段とは異なり、あっという間にイミグレーションの外に出てしまった。
ダッカ空港は、入国する外国人をデーターベース化するため、数年前から、顔写真を撮ったり、パスポート情報をコンピュータに入力していた。データーベース化された外国人が多く再入国すれば、その分、処理スピードは増す。
また、以前は、入国カードの記載漏れを入管職員に指摘されて、なかなか、手続きが進まなかった。特に、英語を話せない、書けない中国の人たちが多く乗る飛行機で到着すると最悪であった。前回まで、キャセイ・ドラゴン便であったが、今回、タイ便で入国したことも幸いしたかもしれない。
ターンテーブルの荷物も速く出てくるようになった。最近、乗客は全員荷物のX線検査を受けないと外に出られないと聞いていたが、検査もなく、空港内の銀行でマネーチェンジをして、バングラ渡航最速の50分で空港の外に出ることができた。
50分なら成田空港並である。
今回は、ムホンさん、マスッドさん、ブルブルさんの3人が迎えに来てくれていた。


himajintaro at 21:02|PermalinkComments(0)交通 

2013年02月10日

失ったものも大きいが、得たものも大きい。

おととい、今回一緒にバングラ渡航した次男が初めて漏らした。
「ハンチング(帽子)とLEDのライトをホテルで盗まれた。」
次男は、階下でモンジュールさんに呼ばれ、部屋を離れたすきに、部屋の鍵をかけたはずなのに、バッグにしまっていなかったハンチングとLEDライトを盗まれた。
「なぜ、すぐに盗まれたことを話さなかったのか?」と次男を問い詰めたが、答えはシドロモドロであった。
初めての海外旅行で、物を盗まれた悔しさよりも、一緒にホテルに泊まっていたモンジュールさんやムホンさん、マスッドさんに迷惑をかけたくなかったのであろう。
今回泊まったホテルは、定宿のノーザンホテルである。2011/02/15の日記「蚊はいないけど、ゴキブリがひっくり返る安宿」で紹介している。
このホテルは、東根工業高校の生徒たちや先生など、たくさんの日本人が泊まっている。モンジュールさんの教え子でもあるブルブルさんの知人のホテルでもあるということで、気を緩めていたこともある。
今まで、何回となくバングラデシュを訪れ、幾度となく、ダッカに泊まってきたけれど、モンジュールさんたちの世話にならずにホテルに泊まったことはない。このままで、良いのか?と今まで自問自答を繰り返してきた。
今回の渡航では、悪友のルーズさにもフラストレーションが溜まり、次回からは絶対、自分一人で行くと決めて帰国したが、今回の次男の窃盗事件で確信が持てた。
実は、先日、バングラに渡航中の下町のベンガル人・橋本羅名さんに「2年間でベンガル語を読み書きできるようになります。」と約束してしまった。
それは、ベンガル人と普通にコミュニケーションをとりたいという、以前からの願望もあるが、ラッシャヒまで自分の意志と自分の力で行くためには、ベンガル語が必須であることを今回の渡航で痛感してきたからである。
次男としては、失ったものは大きいだろうが、私としては得たものは大きい。


himajintaro at 09:58|PermalinkComments(0)生活 

2013年02月07日

バングラデシュに永住?

突然、関東に住む叔母から電話が入った。
「本家の◯さん、死んだよ!」
「あんたが外国に住んでいるから、葬式に呼ばなかったよ!」
「前に、バングラデシュに行くことはあると聞いていたけど、住んでるって聞いてないから、誰にも言わなかったよ!」
叔母の話によると、父親の兄貴であるオジキが、今回の渡航中に亡くなり、1月10日に葬儀があったのだという。
父方の身内は、みんな、私が外国に永住していると思い込んでいる。
年賀状に、バングラでの写真を載せたり、「今年は、バングラで新年を迎えました。」と書くものだから、一族みんな、勘違いを起こしているのだ。
電話をくれた叔母は、都合で葬儀には出席しなかったが、私の事情はよくわかっていた。
「身内の誰かに会って、教えられたら、本家にお参りにでも行ったらいいんじゃない。」という、叔母の言葉に甘えて、知らないふりを決め込んでいる。
不思議なものである。比較的近くに、父の姉や弟が住んでるのに、1年の内に会う機会は、ほとんど無い。
昔から、「遠い親戚より、近い他人」とは、よく言ったものだが、私の場合は、「近い親戚より、遠い他人」である。


himajintaro at 13:00|PermalinkComments(0)生活